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2003/05/30: "沢山、皆、誰でも、何処でも・・・"

よく聞く会話に「沢山の客が来た。」、「皆が欲しがっている。」、「誰でも持っている。」、「何処の家(会社)にもある。」などと言うのがあります。
この他にも、「皆が言っている。」というのもあります。
昔、私が働いていた会社(今ではIBMに吸収されちゃいましたが)の社長さんも「皆が・・・」とか「何処の販売店でも・・・」という表現が大好きな方でした。 特に社員の企画や仕事を否定する場合に使われるケースが多かったような気がします。
「私が・・・。」じゃないところが可笑しいんですけど。

マーケテイング関連の仕事をしている若い人たちもよく「沢山の」、「誰でも」、「何処でも」という言葉を使いたがります。
それらの言葉を聞く度に「沢山てどのくらい?」とか「誰でもって、誰と誰?」などと意地悪く聞き返したものです。
こんなあいまいで無意味な表現でターゲット・オーデイエンスをくくってしまったらマーケテイング活動なんて不可能だと言うことが分からないんですね。
「感」や「経験」は、その辺の調査会社の「リサーチ」などよりははるかに重要ではあるんですが、ターゲットの具体的なイメージも無いままに「皆」とか「沢山」を相手にマーケテイングをされたんじゃ、会社としてはたまったもんじゃないですね。

あるweb siteの掲示板に「結構来てます。」などという表現があったものですから、ついつい昔のことを思い出してしまいました。 「結構な数って何人?」と突っ込みたくなりません?

返答: コメント2通

皆がいいという、なんてといっているときに、すでにそのプランは力がない。
ということでしょうか。
楽しいのは、いかに市場を構築するかではないか、と思いつつ、ほんとは経済のヒトがきらいなんですけどね。
世の中をこわしている経済、という視点をなぜヒトは持ちえないのでしょうか。

さいとう さんからの 2003/05/30 10:06 PM JST のコメント

世の中をこわしているかどうかは判りませんが、世の中の質を変えている経済ってのはありそうですね。
特に特定市場での特定企業による寡占化が進めば進むほど「何か違うんじゃない?」と思わせられることが起きるような気がします。
イラク戦争に勝った国にも、最近AOLと和解したという会社にも、どこか共通した雰囲気を感じるのは私だけかもしれませんが。

Yaginuma さんからの 2003/05/31 03:02 PM JST のコメント