[前の記事: "月にむら雲、「蝶々は誰からの手紙」、大野晋"] [新着記事一覧に戻る] [次の記事: "障子ガ岳の雪も消えて"]
2008/07/18: "汚職は確かに悪いけど・・・"
小中学校の教員の採用や昇進には口利きやコネを利用するのは極々当然のことで、それが無い方が変だと思っていました。
教育界と呼ばれる世界では親分子分、派閥、学閥もしっかりと根付いているし、それに対しては誰も疑問も持たない当然のこと。
そんなことを問題視する方が変なんです。
となれば、お礼、お中元、お歳暮、お年始、冠婚葬祭でビール券や商品券、お祝いや香典がやり取りされ、ついでに熨斗袋に入った紙幣だって行き来するだろうし、熨斗袋が簡略化されてカジュアルで日常的な茶封筒になることだって当然ですよね。 それが日本古来の伝統だし、仕来たりだし、礼節の基本だし、そして常識と言うものです。
ただ、商品券や現金を貰って採用試験の点数を操作しちゃうなんてのはやはりやり過ぎだろうなあ。 いくらコネで教員になって口利きで昇進した教育委員会のバカでも、それが犯罪になることぐらいは知ってたんだろうに。
で、私が気になるのは、教員の採用試験さえも通らないほど頭の悪い連中が教師になってしまって、子供に何かを教えるなんてことが出来るんだろうか、ということ。 絶対に無理ですね。
私が子供の頃も、子供の目から見ても箸にも棒にもかからないような教師が結構居ましたからね。 彼らがどんな経緯で教師になったのかは知りませんが、とにかくひどいもんでした。
実は私の身内は教師だらけなんです。 兄弟、甥姪、従兄弟、従姉妹の亭主、そして親類縁者まで小、中、高教師の大集団です。 全員がまっとうに採用試験を通って、まっとうに教師になり、まっとうに校長になり、まっとうに県の教育委員会に入ってるんだとは思いますけどね。
そう言えば、一人だけ凄いのが居たなあ。
宿直の夜、学校を抜け出して街で飲んじゃって、その帰りに酔っ払い運転で事故を起こし、笑い話にはなったけど首にもならなかったってヤツなんですけどね。 ま、そんな些細なことでいちいち教師の首を切っていたら、教師が居なくなっちゃうってことだったんでしょう。
(と書いてきて、教師をやっている身内の連中には読まれたくないなあ・・・などとちょっと弱気になってます。)