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2006/12/14: "よそ者の身勝手"
娘からのメールに、麻布十番の鰻屋<宮川>も<やつめや>もなくなってしまったとありました。
鯛焼き屋はビルになってしまったようだし、<やきとんのあべちゃん>も大江戸線が通ったころからすっかり雰囲気が変わってしまったし、さらに六本木ヒルズが出来て懐かしの麻布十番もずいぶんと様変わりしているようです。
そんな麻布十番の様変わりを残念に思うのは、多分、離れて暮らしている者の身勝手、我ままというものなんでしょう。
それは大井沢でも同じこと。
若い頃にここを離れ、遠くで暮らしている人たちは昔ながらの大井沢を懐かしみ、道路が整備され、家並みが新しくなり、4駆のRV車が走り回るような大井沢は本当の大井沢ではないというようなことを言います。 それは変な話です。
大井沢の人たちは今でも藁沓、カンジキ、蓑笠で積雪3mの冬を過ごせと言うんでしょうか? ファンヒーターも冷蔵庫も使ってはいけないんでしょうか? ブルドーザーやロータリーでの除雪作業なんてのはとんでもない話で、やはり昔通りに雪踏みをし、重病人を橇に乗せて30km先の病院まで連れて行ってこそ大井沢だというんだろうか?
<やつめや>がビルになって<Broiled Eel Yatsume>になり、<あべちゃん>が<Barbecue Pork Abe>になっても、遠く離れてしまった人間がとやかく言う筋合いのものでも無さそうです。 麻布十番の古い街並み・・・などといっても元は青線地帯。 つい30年前までは「十番の子とは遊んじゃいけない。」なんてことまで言われていたんです。
麻布十番のもつ焼き屋が大繁盛してビルになり、息子がクルーザーとポルシェを乗り回し、オヤジが軽井沢に別荘を建てたって、山形の山奥に住んでるようなヤツは勿論のこと、西麻布の鮨屋だって文句を言う筋合いなんてありません。
(私がよく顔を出していた西麻布の古い鮨屋は麻布十番の繁盛が気に入らなくて、よく色々な店の悪口を言っては鬱憤を晴らしていました。 聞いてる方も、繁盛している店の裏情報などが聞けるんでとても面白かったです。)