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2004/06/06: "釣りファッション、そして釣りはファッション"
尊敬する村の古老が、「最近の若い連中は釣り竿でも、着ているもんでも高いものばっかりのくせに腕の方はさっぱりなヤツばかりだ。 オラが若い頃にはその辺の竹を切ってきて木綿糸を付けただけでもなんぼでも釣ったもんだ。」と言います。
また、別の古老は「竿なんて沢の岸から適当な木を切って使ったもんだ。」とも言います。
なるほど・・・。
でもね、今の若いモンを弁護させていただければですね、彼らにだって釣りは下手でも釣り竿や衣類に高い金を払う理由があるんです。
先ず、釣りは今やファッションなんです。 カッコいいと思うから釣りをするんです。 魚を食うためでもなければ売るためでもありません。 何よりも重要なのはカッコよく見えるかどうかなんです。
だからパタゴニアだし、Foxfireだし、Simmsなんです。 上州屋でもないしキャンベルでもないんですね。
釣り竿だってSageだし、G・Loomisだし、Gary HowellsだったりMario Wojnickiだったりするんです。
もうひとつ、彼らにとってとても重要なことは知識です。 特に釣り道具に関する知識は絶対に欠かせません。 メーカーやビルダー毎の竿の特性、リールの性能、フライラインの特徴、ハリスの強度や柔軟性等々・・・。
もうこれだけで釣りという行為の90%は完結しているわけです。
次に来るのが遠投技術です。 特にフライフィッシングと称する西洋式の毛ばり釣りの場合は、どれだけ遠くまで毛ばりを投げられるかが重要視されます。 魚が居ようが居まいが、とにかく遠くに投げることに意味があるんです。 ですから、釣具屋に来る客のほとんどが真っ先に「この竿、飛ぶ?」なんてことを訊きます。 店員は相手の技能レベルに関係なく「飛びますよう。 絶対です。」などといい加減なことを言いながら8万円もするような竿を売りつける訳です。 白状しますが、私もずいぶんと「飛ぶ竿」を買いました。 でも、魚は足元や背後に居たりするんですよね。
で、それだけ高価な道具や衣類を揃えても釣れない理由はいくつかあります。
先ず、おっしゃる通り私を含めてですが彼らは下手です。 釣りらしい釣りなんてやったことが無いんですから下手で当然なんです。
彼らが釣りを覚えるのは管理釣り場と呼ばれる釣堀ですから、放流されている魚は全てペレット育ちの養殖魚ですし、人が寄ってくれば餌をくれるんじゃないかと思ってるようなヤツばかりです。 毎日新しい魚を大量に入れるもんですから、エサなんか付けなくても釣れちゃうんです。
ってことはですね、つまり高価で高性能の道具を揃えまくり、楽々と30mも飛ばすような遠投技術を体得していてもですね、魚のことも川のことも全然知らないってことなんです。 ブルックだの、ブラウンだのって、変な魚の名前だけは皆さんより知ってますけどね。
そんな連中が自然の川に入って釣れる訳がありませんよ。 それに皆さんが木の枝で岩魚を釣っていたころとは違って魚そのものが居ないんですから、釣れる方が変です。
なんでそんなに魚が居なくなったかって、そりゃあ先輩の皆さん方が釣って食っちゃったからでしょ?
だから、若い連中が道具や衣類に高い金を使って釣れもしない魚を釣っていたってしょうがないじゃないですか。
そっちの方に金をかけて、釣れない釣りの鬱憤晴らしをしてるんです。
ましてや大井沢じゃあキャッチ・アンド・リリースだなんて言って毎日毎日寄ってたかって魚の教育をしてるんですから、釣堀きり知らない「フライフィッシャー」なんて手も足も出ませんよ。 田舎から出て来たばかりのボーヤが歌舞伎町の風俗店でスレッカラシを相手にしているようなもんです。
ネッ、そう思いません?
土地の人たちと、そんな会話を何度かしました。
ま、何かにつけて「今の若いもんは・・・。」と言いたくなるのはアリストテレスの時代からの老人たちの特性だそうです。 大井沢ではさらに「都会の連中は・・・。」と言うのが加わったりしますが、私はその都度コウモリのように都合のいい方に着く事にしています。